私の美の世界 森茉莉 新潮文庫

森鴎外の息子、森茉莉さんの、独特の世界観の本。何故か、旅先に持っていくことが多く、イタリアの海岸沿いのホテルに泊まった時に、暴風雨の中眠れぬ夜に読んだ記憶もある。

作者の森茉莉さんは、父親に溺愛されて、特に西洋の最上のものを知り尽くされていたが、生活力には乏しかった。とい話をどこかで読んだりもしたが、その精緻な記述や豪奢な想像の世界に圧倒される。

森鴎外の住んでいたドイツにいるせいか、森鴎外の「舞姫」が二重写しとなり、日本で読んでいた時と別の感慨にふける。「舞姫」も、鴎外が日本に帰国したから美しい話になったのか。

当時は、相当なエリートでないと海外に行くことがなかったと思われるので、海外旅行、いや海外移住も珍しくなくなった今、森親子がいたら、別の物語がうまれるかもしれない。

抱く女 桐野夏生 新潮文庫

私自身が、時代背景をあまり理解したいないことで、作品世界があまりわからなかったのだと思う。同時代に生きた人は青春小説と思うのかな?

ウーマンリブの話も絡めているし、時代背景もあるのだけれども、矢張りこの主人公の生き方があまり好きに思えず、何とか読了しました。著者は露悪的に作品を書く方だからわざとかもしれないけれども、また最近時代が変わって、露悪的悪品もみんな読まなくなってきているのではないかと個人的には思う。

 

「すべて真夜中の恋人たち」 川上未映子 講談社文庫

何もない中から言葉を紡いで小説を創り出すというのは、難しい作業で、その難しい作業を殊更丁寧にして作り上げた作品世界。この作品世界に共感できるかできないかは別として、こういった世界を言葉で作りだせるのは、相当その世界観に、表現するものに自身やビジョン、もしくはそれを創り出す意義がないと出来ない作業だなと思いました。そういう意味で、この作家さんは(好きか嫌いかは別として)強いなと思いました。

何か所か、急に物凄い描写が出てきて圧倒されます。そのメリハリがすごい。人物の書き分けはあざといぐらいですが、よく最後にうまく集約されるものだなと思う感じでした。個人的には、終わり方だけが残念、、、。そこが一番重要なのかもしれないけれども、その最後の一ページがなければ良かったのに。

「マノンの肉体」辻原登 講談社

読み始めてから、「久しぶりに文学作品を読んだ」とはっとしました。最近実用本や、インターネットサイトばかり見ていて、純然なる文学作品を読んでいなかったので、その文章の格調と、面白さに少しびっくりしてしまいました。最近の若い作家の方とも違う風格のある面白さ。今文学作品と呼ばれているものと何が違うのだろうかと考えながら作品を読みました。

きっと映画やドラマの影響、またエンターテイメントと純文学との境い目がうやむやになる中、今の作品はプロットを重視する作品が多く、文章が全く違うのではないかというのが、今のところの個人的な感想です。

収録されている作品では、個人的には「マノンの肉体」が心に残りました。ふとしたことから始まる話がいつのまにか、文章の意外な連なりによって、転がり、最後にあっという幕切れになる構成が、素晴らしかった。題材に使われている作品も鑑賞したくなる、手練れの作品。

騎士団長殺し 第一部 顕れるイデア編 / 第2部 遷ろうメタファー編 村上春樹 新潮社

ハルキストではないのですが、村上春樹さんの作品は、目に止まると読むということを続けています。私の中では、「村上春樹さん=物語の力」。そして、同じような物語世界の繰り返しと批判されることもある。ということ。いつも読み始めて半分ぐらいは夢中になって読むのですが、後半はいつも、自分とは違う世界だなと思い、最後まで何とか読み終えるということを繰り返しています。

「騎士団長殺し」は、特に絵画の勉強をしていたこともあって、前半はとても面白く読み進めました。また、作家が創造する過程が、絵画の制作に反映しているようで、とても興味深く読みました。フィクションなので、村上春樹さん自身の創造の過程はこのような道筋をたどるのかなと、想像してみるのも楽しかったです。

村上作品では、昔でいうところの少し洒落た雰囲気の中で、邪悪なものも取り込まれながら話が進んで行き、その表現力も驚嘆するべきものですが、いわゆる一般的な文学とは違う雰囲気を纏っているなといつも思って読了してしまいます。少し、文学というより、ファンタジー文学のような、、、。

しかしながら、今回の作品は、今までの作品よりも随分とご自身のプライベートな部分も表現に入っていたのではないかと思い、今までの作品との違いを少し感じました。むしろ今後「物語」ということを考えずに作られた作品が読めると面白いのにと希望する次第です。

思えば時代も随分変わり、当時の村上春樹フィーバーのようには作品を読めなくなっているかも。

「連舞」「乱舞」 有吉佐和子 集英社文庫

連作を2日続けて読了いたしました。

有吉佐和子さん、何を読んでも本当に一度読み始めたら止まりません。その筆力は信じられないほどです。今回はしかしながら、連作ではありましたが、前半にあたる「連舞」がより感情移入できました。

詳しく書くと、内容が分かってしまうのであまり書きませんが、「乱舞」は、そもそもの設定において、主人公の気づきがこんな遅いということがあるのかな、と疑問に思い、物語に集中しきれませんでした。

成人してからの話で主人公の燃えるような思いよりも、細かな政治的な動きに焦点があたり、且つ主人公以外の登場人物の書かれ方の分が悪すぎて、主人公が美しく賢いという設定というよりも、他が駄目すぎると読めてしまい、共感しきれず終わりました。

せめて、異父姉妹の妹、ならびに妹の書き方がもう少し違えばよかったの二と思います。幼少からの苦難の時代が、妹がいることで起こったことであっても、その妹を最後に受け入れるような、妹のよさを引き出すようなそういう結びを期待していました。少し器が小さいように感じてしまうのです。しかしながら、この時代の作家が描く女性主人公は、芯が強い人が多いので、また、頂点に立つためにはある程度の性格の悪さとも見えかねない強さは、仕方がないかもしれません。

そのような具合でしたので、主人公がこのような峻厳さを持つまでの過程を描いた「連舞」がより楽しんで読めました。特に、ドラマの起こし方が、面白くて、映像が目に浮かぶようでした。このようなドラマティックな動きが面白いと思うのも、作者の筆力の素晴らしさがあるからこそ、受けいられるものと思います。

色々書きましたが、有吉佐和子さんの筆力、安定感というかなんというか。毎度のことですが本当に驚かされいます。もはや、話の主人公よりも、作者自身がどのような生い立ちがあるのか、のほうに興味が出てきてしまいました。

もう今の時代では、古典といった雰囲気ですが、時代が変わって読んでも面白い、日本舞踊に造詣があれば更に面白い、すごい昭和の小説です。

「凍りのくじら」 辻村深月 講談社文庫

 読んでいる間は、ぐんぐん引き込まれて、一気読みしました。作品のトーンは、薄暗い感じでした。現実感なく生きていると思う人は共感できる作品なのではないかと思います。作品や、主人公を好きになるかは別として、作者の方が力量があるのだなというのが、前半の物語自体はすすまない、もやもやとした箇所の描写で実感できました。

 しかも、途中泣きそうになりました。架空の物語で人を泣かせるのは相当技術がないと、どんな表現手段であっても難しいことだと思います。理由がある構成で、もやもやした前半でも読み進めることが止められないようなっており、カルタシスがくることは分かっているのですが、そのペース配分等、緻密に考えられた作品だと思いました。

 これもある理由で、3度読みはなくても、2度読みは必須。ちょっと不思議な雰囲気が私は好きではないのですが、それに関しても最初に説明されているという、全て計算済みというなんだか怖ろしい構成。少しだけマンガチックなのが気になりますが(ドラえもんに関してではなく、人物描写と作品構成が)それなりに、読み応えのある作品でした。そう、確かに物語設定などもあわせて考えると、少し少女漫画的です。

笹の舟で海をわたる 角田光代 新潮文庫

 新潮文庫で読んだのですが、解説を先に読まなければ良かったと、痛感。解説が悪いという訳ではないのですが、解説者の人物観によって、かなりミスリードされて、読了中の感じ方を狭められてしまいました。逆に言えば、多元的に読めるような作品世界で、先に作品を読んでいれば、作品世界を重層的に楽しめたのではないかと思います。

 日本版フォレストガンプの様でした。戦時中から昭和へ、そして更に平成へと続く大河的な語りのなかで、ちょっとしたミステリーが挿入されていて最後まで飽きさせない作りがさすが、手練れの作家さんだと思いました。

あのこは貴族 山内マリコ 集英社

 読了後はそれなりに面白くはあるかなと思いましたが、一回読んだら2回目は読まないかなという意味で、読みやすい娯楽作品と位置づけました。この本の、一番の意義は、誰もが心の中に思っている、東京って階層社会だよね、という暗黙の言葉にするのはタブーな話をタイトルにしたという事かな。タブーでもないか。
 東京のお嬢という世界は確かにあるだろうけれど、もうその仕分け自体が時代遅れじゃないのかなと思う。まあ、人間的には魅力的なのは、最初は世間分かっている地方出身雑草系女子。でも最後にはお嬢様も成長するところがさわやか、という感じの〆かげん。まあ、年取ってから読むと、どうでもいいテーマ。(というと元も子もないか。)

ミーナの行進 小川 洋子 中公文庫

私自身のとても私的な部分に関わるところで、読みながら衝撃が走った作品。
両親や祖父母、そして私自身も一時期住んでいた神戸の古き良き世界が、(実際に目にはしていないのに、語り継がれていた世界)そのまま目の前に拡がっていて本当に驚いた。その上に、清涼飲料水の工場が出てきた時点で、父がやはり清涼飲料水の会社に関わっていたため、これは、私達のことを書いたのか、と思ってしまうほど、プライベートにリンクした作品。

物語の雰囲気は、なんとなく死や破壊に向って進んでいるように見えるのに、最後にその物語に閉じ込められた世界から急に現実に飛翔するくだりで明るい希望を見出した作品。